中小企業こそオープンイノベーションに取り組もう
中小企業の経営資源は限られている。大企業と比べると、新規事業の開発にかけられるヒト・モノ・カネ・情報が圧倒的に少ない。下請けから脱却できない企業も多い。他方、AIやIoTなど社会では新たな技術が次々と実用化されている。それに応じて、消費者が製品・サービスに求めるニーズも刻々と変化しており、中小企業が自社の経営資源のみで新規事業を開発し、顧客のニーズを的確につかんでいくことは難しくなっている。日本政府もこの状況を認識し、さまざまな支援施策を用意している。
一方で中小企業側では、経営トップへの知識の浸透不足、社内文化・社内体制の硬直化、外部との接点の少なさなどが影響し、オープンイノベーションを活用しきれていない企業がまだまだ多い。
本稿では、オープンイノベーションに取り組むことによって中小企業が享受できるメリットに触れ、実際に取り組む際に留意すべきこと、利用できる支援制度を合わせて紹介する。
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そもそもオープンイノベーションって何?
ヘンリー・チェスブローによると、オープンイノベーションとは「組織内部のイノベーションを促進するために、内部と外部の技術やアイデアの流出入を意図的かつ積極的に活用し、その結果生まれたイノベーションを外部にも展開し、市場機会を拡大すること」(Chesbrough、 2003)である。
簡潔に言えば、「自分の会社の中だけで新しい技術やアイデアを考えて形にするのではなく、外の会社や大学、専門家と協力して知恵や技術を持ち寄り、それを組み合わせてより良い商品やサービスを生み出すやり方」を指す。
ただし、ここでいうイノベーションとは技術的な革新に限らない。シュンペーター(Schunpeter、1912)によれば、イノベーションには以下の5つの形態がある。
- 新製品(サービス)の創出
- 新しい生産方法の導入
- 新市場の開拓
- 新しい原材料・資源の獲得
- 新しい組織の実現・組織構造の変革
つまりイノベーションは、先端技術産業に限らずあらゆる業種に関連する概念である。
オープンイノベーションはなぜ必要?
オープンイノベーションの重要性が高まった背景としては、次の3点が指摘される(一橋大学イノベーションセンター、2022)。
- 技術が複雑で進歩が速い
- 市場の需要が不確実
- 専門的知識が社会に分散している
AIやIoTの進展により、技術開発の速度はここ数年勢いを増している。中小企業に限らず大企業であっても、企業が単独であらゆる技術を内製化することは不可能になっている。この環境下では外部の組織との連携が不可欠である。
また、市場の消費者の嗜好は多様化しており、それを先読みして製品開発を進めることが困難になっている。需要の変化に対して迅速に反応できることが事業の成功に必須の要素となっており、事業開発の速度を上げる必要がある。
昨今では、技術革新の加速や産業分野の高度化により、専門知識が特定の企業や研究機関だけでなく、大学、スタートアップ、他業種や海外まで広範囲に蓄積・分散するようになった。このように分散した専門知識を束ねて活用することが新規事業開発で求められるようになった。
期待される効果
オープンイノベーションで期待される主な効果は以下の5点である(日本オープンイノベーション研究会、2025)。
- 知識・技術の裾野拡大
自社の保有しない社外の専門知識やアイデアの活用を通じ、自社の知識や技術領域を拡大するきっかけとなる。 - 開発コスト・リスクの分散
新規事業開発コストを社外の組織と共同で負担することで、開発コストを下げられる。また開発が思い通りに進まなかった場合に損失を分配できる。 - 市場ニーズへの迅速対応
外部の新技術やアイデアをいち早く取り入れて新規事業を開発することで、開発の速度を高めることができる。 - 新たな事業機会の創出
自社のそれまでの探索範囲を超えた領域での探索が可能となり、自社だけでは進出できなかった革新的な事業を創出できる。 - 組織学習効果
自社にはない価値観や考え方に触れ、高次の組織学習が進む。市場環境の変化に強い、たくましい組織を育てることができる。
オープンイノベーションは、経営資源の乏しい中小企業にも、単独では実現が難しいさまざまな効果をもたらす。さらに、複数の中小企業が強みを持ち寄って共同で事業開発を行うことで、お互いにとってWin-Winとなる新たな成長機会を生み出すことができる。
具体的な課題を解決しよう
オープンイノベーションがもたらす効果を踏まえ、中小企業が解決できる具体的な課題には次のような点が考えられる。
- 自社だけで解決困難な技術・知識の不足
外部の企業・大学・研究機関と連携することで、自社にない専門技術やノウハウ、最先端の知識を補完できる。 - 開発スピードの遅さ・革新性の欠如
社外のリソースやアイデアを取り入れることで、製品やサービスの開発速度を上げたり、より革新的な事業創出が可能になる。 - 新事業・新市場への参入障壁
他業種や異分野のパートナーと協業することで新しい事業領域に進出しやすくなり、新市場開拓の足掛かりとなる。 - 人的・資金的リソースの不足
他社との共同開発や産学連携、外部投資の活用で人的資源や資金を補い、大規模な取り組みがしやすくなる。 - 経営・事業リスクの集中
社外のパートナーとリスクやコストを分担し、単独では抱えきれないプロジェクトにも挑戦が可能になる。 - 情報の孤立・経営環境の変化への対応力不足
オープンな情報共有により、市場や業界の変化、技術動向を素早く把握し、戦略を柔軟に修正できる。 - 人材育成・組織活性化の停滞
社外との連携によって従業員が刺激を受け、新たな知見やノウハウを獲得しやすくなり、組織全体の活力向上に繋がる。 - 地域課題・社会課題の解決力の不足
地域自治体や他社、大学など多様な組織と連携し、単独での解決が難しい課題にも共同で取り組むことが可能になる。
このように、オープンイノベーションは「自社単独では解決が困難な課題」を、外部との協働や資源活用によって解決するための強力な打開策となる。
成功させるために必要なこと
オープンイノベーションを進めるにあたっては考慮すべき点が多いが、ここでは『イノベーションマネジメント入門』(一橋大学イノベーションセンター、2022)に倣い、大枠として以下の4つの項目を紹介する。
- 境界の設定
- 企業間関係のマネジメント
- 分業プロセスのマネジメント
- 社内分業のマネジメント

境界の設定
外部の組織と協業する場合には、自社で担当することと外部の組織に任せることを明確に区別する。
区別の基準として、自社内で行うことによるメリット(統合化の便益)と、自社内で行うことによるコスト(統合化の費用)を比較して判断する。
メリットは、
- 取引コストが節約できる
- 情報を自社でコントロールできる
- 自社内に情報・ノウハウを蓄積できる
- 外部組織との頻繁な調整を避けることで煩雑な処理を減らせる
- 新しい製品から得られた成果を独占でき、競合への参入障壁を高められる
- 自社に蓄積された未利用資源を活用し、低コストで事業開発ができる
コストは、
- 投下資源、リスクが増大する
- 規模の経済・範囲の経済が活かせないことによる無駄が発生する
- 外部の知見を取り入れないことで重要な技術変化や新たなニーズに気付けない
- 革新的な事業開発により、社内の他部門とのコンフリクトが生じ管理コストが増す
などが挙げられる。
企業間関係のマネジメント
外部のパートナーと深い信頼関係を構築することで初めて、効率的な分業・協業が可能となる。このような関係がなければ、パートナーが機会主義的な行動を取らないよう監視コストが増大し、協業効果が弱まる。
オープンイノベーションはコラボレーションであり、Win-Winの関係を築くために自社の都合のみを押し通さないことが大切である。
分業プロセスのマネジメント
オープンイノベーションでは、自社と外部組織の間で分業が必要になる。その際、外部組織の能力を正確に見極め、外部組織から効率的に技術やノウハウを吸収し、また外部組織の企業文化や価値観を理解して円滑にコミュニケーションを進める必要がある。そのためには、相手を正しく評価する評価能力や、学ぶ力、分業や協業を円滑に進める外部調整能力が必要である。
社内分業のマネジメント
オープンイノベーションを成功裏に実施するためには、自社の内部調整能力を高めることも重要である。外部との効率的な協業のためには、自社内の方向性を明確にし、社内調整にかかるコストを極力抑えなくてはならない。
国による支援の例
最後に、オープンイノベーションを支援する国の施策を紹介する。
- オープンイノベーション促進税制
概要:スタートアップや中小企業とのオープンイノベーションのために企業が投資した場合、最大で投資額の25%が所得控除される。
申請先:経済産業省
対象:中小企業が連携先の場合、資本連携・共同研究等の枠組みで適用される。 - 地域オープンイノベーション拠点選抜制度(J-Innovation HUB)
概要:大学や研究機関等と中小企業が連携する地域拠点を国が認定・集中支援。2025年度も公募あり。
申請先:経済産業省
受付:2025年7月24日公募分、追加公募随時。 - 成長型中小企業等研究開発支援事業(Go-Tech事業)
概要:中小企業が大学や公設試験研究機関と連携し、オープンイノベーション型の研究開発・事業化を行う場合の補助(例:3年間で最大9,750万円)。
申請受付:地域経済産業局等で毎年公募。 - 日本オープンイノベーション大賞
概要:産学官や異業種連携等オープンイノベーション事例を表彰・普及促進するプログラム。受賞によるPR・支援効果も期待。
申請受付:2025年8月4日17時締切(第8回公募)。
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参考文献
- イノベーションマネジメント入門、一橋大学イノベーションセンター、2022
- 実務者のためのオープンイノベーションガイドブック、日本オープンイノベーション研究会、2025