企業の海外展開:クロスボーダー企業買収

 企業の海外展開:グリーンフィールドでは、グリーンフィールドによる海外展開について解説した。今回はクロスボーダー企業買収を紹介する。

 「戦略的提携」についてはこちら

クロスボーダー企業買収をザックリ解説

 クロスボーダー企業買収は海外M&Aとも呼ばれる。進出を想定している国の同業種または自社の事業と親和性の高い企業を買収し、被買収企業の既存の資産を有効活用することで、グリーンフィールドよりも短期間で効率よく事業成果を上げることができる。

この手法が採られるのは主に以下の3つの場合である。

  • 買収する対象として適切な企業が存在している場合
  • 短期間での事業成果獲得を志向する場合
  • 現地の規制や参入障壁が高い場合

 クロスボーダー企業買収を実施するためには、そもそも買収できる企業が存在していることが条件となる。こういった企業が存在しない場合には、自動的にグリーンフィールドによる海外子会社の設立が必要になる。

 スピード感を重視して海外展開を図る場合には、事業体制を速やかに確立しなくてはならない。統合の過程でコンフリクトが生じるリスクがあるとしても、経営資源の早期獲得を目的として企業買収が選択される。

 現地の規制や参入障壁が高い場合には、当該の規制や業界の競争環境に精通した人材・ノウハウが不可欠である。前述の経営資源には、このような多くの暗黙知が含まれることを合わせて強調しておきたい。

クロスボーダー企業買収のメリット・デメリット

前節でクロスボーダー企業買収の概要を示したが、ここではこの手法のメリット・デメリットを整理する。

メリット

クロスボーダー企業買収のメリットは大きく以下の3点である。

  • 海外進出のために必要な経営資源を被買収企業から獲得することができる
  • 獲得した経営資源を自社の裁量の下に活用できる
  • (結果として)グリーンフィールドに比べて短期間で海外進出ができる

 繰り返しになるが、この手法の1番のメリットは経営資源の獲得である。「海外M&Aの戦略と実践、楠本隆志(2022)」にあるように、海外進出において経営資源が潤沢に用意できることは極めて稀である。その中でも、現地市場の商習慣や法制度に関するノウハウや、現地市場の開拓で必要となるコネクションを持った人材が不足する。このような知見を自社で獲得し人材を育成するには、多くの経営資源が必要で時間がかかる。変化の激しい市場で商機を逸するリスクに繋がる。この不足資源を外部から調達する手法の一つが企業買収である。

 獲得した経営資源の活用についても注目すべきメリットがある。外部から経営資源を獲得する手法として、クロスボーダー企業買収以外の手段に業務提携や合弁会社の設立がある。業務提携や合弁会社の設立では、パートナー企業から得られる資源は契約で定められたものに限られる。さらにその利用の際にはパートナーとの合意が必要であり、自社の都合を優先して独占的に活用することはできない。対してクロスボーダー企業買収では、獲得した経営資源を自社の裁量の下で自社の利益を最大化するために活用できる。

 上記の2点からもたらされる効果として、短期間での海外進出が可能となる。グリーンフィールドで一から海外子会社を設立し、育成をすることに比べれば、より効率的に、かつ事業リスクを落としつつ海外進出を進めることができる。

デメリット

クロスボーダー企業買収の留意すべきデメリットを以下に3点挙げる。

  • 買収に適した企業の発掘・買収にコストがかかる
  • 契約締結後の統合(PMI、Post Merger Integration)において企業間の組織文化や管理手法の違いによるコンフリクトが発生する
  • 知的財産や技術情報が流出するリスクがある

 企業買収には買収のための資金はもとより、買収する企業の発掘・調査にコストがかかる。記事の冒頭で述べたように、クロスボーダー企業買収を実行するためには買収対象となる企業を見出さなくてはいけない。自社の戦略実行に必要な経営資源を保有する企業を探索することになるが、そのような企業を適正な価格で買収できるとは限らない。また、国外の買収候補企業について正確な情報を収集することは困難であり、特に新興国では調査に時間がかかる。

 PMIの重要性も無視してはいけない。企業買収は契約締結して資金を払い込んだら終わりではない。買収前に想定した通りに海外進出を達成し、さらには既存事業とのシナジーを発揮するため、統合の作業(PMI)を適切に進めなくてはならない。このPMIの成否がクロスボーダー企業買収の成果を決定づける。このプロセスの実施が不十分だと、買収後何年経っても黒字化できず、最終的には苦労して手に入れた会社を売却してその国から撤退することになる。

 企業買収の契約を進める際の情報管理が不十分だと、自社の知的財産や技術情報が流出するリスクがある。契約の不備や管理体制の甘さ、各国の知的財産法制度の相違、デューデリジェンス過程での機密情報開示、買収後の統合プロセスでの脆弱性、従業員による意図的な技術持ち出しなどに対し、細心の注意を払わなくてならない。

クロスボーダー企業買収の成功例:株式会社ナベル

 クロスボーダー企業買収の成功例として株式会社ナベルを紹介したい。

 株式会社ナベルは、京都市南区に本社を置く鶏卵の自動選別包装装置の専門メーカーである。1977年に設立され、従業員数は237名、売上高は91億5900万円(2025年3月期)を記録している。

参照:株式会社ナベル(https://nabel.co.jp/company/overview/

ナベルによるクロスボーダー企業買収

 ナベルは2002年に大手家電メーカーの下請けである日系企業を買収した。倒産に伴う企業買収の要請がきっかけだった。当初ナベルが計画していたのは、鶏卵の自動選別包装装置のメンテナンス拠点をマレーシアに設置することだったが、被買収企業の「丸ごと買い取ってほしい」という希望を受け、企業買収に至った。

 この買収を基礎として、2003年に生産機能を持つ現地子会社であるナベルアジアを設立した。以降、同社はナベルの海外唯一の生産拠点となり、ナベルは東南アジアを中心に積極的な海外展開を推進している。2020年には生産能力拡大を目的として工場の移転が行われたが、ナベルアジアはマレーシア現地で製造・納品・設置に対応するだけでなく、東南アジア全体におけるメンテナンスや故障対応の拠点として機能し続けている。

ナベルの成功要因

立命館大学大学院の水野教授に依れば、中小企業の海外展開には3つの大きな課題がある。

参照:日本経営学会誌 第49号 pp.46-55. 2022、中堅中小企業のグローバル戦略から視る「企業経営の未来」(https://www.jstage.jst.go.jp/article/keieijournal/49/0/49_46/_pdf

  • 現地ニーズを捉え、販路を開拓する
  • 現地の人材・パートナーの確保と登用
  • 海外事業を主導する本社人材の存在

である。

ナベルはそれぞれの課題に対して次のように対応した。同教授の報告を、一部追記して引用する。

現地ニーズを捉え、販路を開拓する

 ナベルの技術者が直接現地に赴き、現地でのニーズを捉える機会を設けた。

現地の人材・パートナーの確保と登用

 現地法人のマネジメントについては、日本企業の知識があるチャイニーズ・マレーシア人に任せた。倒産した日系企業で働いていた社員だった。そして、現地でマネジメント業務を担う彼らの待遇も優遇した。さらには、マレーシアの製造拠点にマネジメントを担う人材として、ナベル流モノづくりを現地に浸透させるための「ナベルの伝道師」を派遣して、モノづくりの基礎から現地で指導した。

海外事業を主導する本社人材の存在

 ナベルは、業務面と経理面での海外事業を本社でチェックする体制を整備している。海外事業の実務を担う海外担当取締役と海外業務の経理をマネジメントする管理担当取締役が、実務と経理の両面から海外事業を支えている。また、マレーシアの製造拠点に関しては、ナベルの製造担当者が「ナベルの伝道師」として現地に赴き、製造方法のマネジメント業務に携わっていることから、モノづくり面での海外事業を主導する本社人材であるといえる。

引用ここまで。

クロスボーダー企業買収のメリットという切り口では、生産設備と、現地の法制度や商習慣に精通した人材の獲得が、同社のその後の成長を後押ししたと考えられる。

参考文献

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です