企業の海外展開:グリーンフィールド

 海外展開を考える時、検討すべきことの一つに「どのような形態で展開をするか」がある。これから数回に分けて、典型的な4つの形態である「グリーンフィールド」「クロスボーダー企業買収」「戦略的提携」「ライセンス契約」について紹介していく。本稿はグリーンフィールドについての投稿である。

中小企業の海外展開

 2025年度版の中小企業白書によれば、中小企業・小規模事業者は輸出より輸入比率が高く、借入金依存度も高い。円安と物価高の継続が中小企業・小規模事業者の利益を押し下げるリスク要因となっている。
 雇用の7割を占める中小企業・小規模事業者が海外展開し、外貨を獲得する体制を確立することが、地域経済ひいては日本経済全体の成長のための一つの手段である。

 他方、商工中金の報告を見ると、「海外進出・海外事業を行っている企業の比率は(中略)10%を割り込んだ。今後進出 の予定なしとする企業は77.2%に増加」とある。日本経済の減速によって、海外生産によるコスト低減が狙い通りに進まなくなっている実態が見て取れる。

 政府が海外展開を中小企業・小規模事業者の成長戦略の一つに位置付けている一方で、肝心の中小企業・小規模事業者側は海外展開に乗り気ではない。中小企業・小規模事業者に対して海外展開の可能性を啓発し、具体的な方策を示して成功に導くことが求められている。

グリーンフィールドとは?中小企業の海外進出形態を解説

 グリーンフィールドは「未開発の」の意味で、海外完全子会社を新設し、海外市場に進出する形態のことをいう。グリーンフィールドが採用される状況には大きく分けて3つのケースがある。第1に、自社の経営方針の浸透を徹底し、長期的で堅実な事業展開を志向している場合。第2に、既存企業の買収や他の企業との提携が困難な場合。第3に、進出先国政府の支援やインセンティブがある場合である。

 1つ目のケース、自社の経営方針浸透を徹底し、長期的で堅実な事業展開を志向している場合とは、新たな進出先国においても、自社のこれまでのやり方を忠実に再現しようとする場合である。既存企業の買収や提携によって現地子会社を設立すると、どうしても自社とは違う組織文化を形成することになる。それまで自社で当然とされていた暗黙知が通用しなくなり、効率の良い事業運営ができなくなるリスクとなる。このようなリスクを回避するために、完全子会社を設立し、本国から人員を送り込んで海外展開を図る。

 グリーンフィールドが採用される第2のケースは、既存企業の買収や他の企業との提携が困難な場合である。海外に子会社を設立する際によく採用される別の手法として、クロスボーダー企業買収や戦略的提携があるが、これらの手法は現地市場に有望な買収対象企業が存在したり、ともに市場参入する提携相手が居て初めて可能な手法であり、そういった企業が見つからない場合には採用することができない。したがって、それでも現地法人の設立を望むのであれば自社による完全子会社の設立が必要になる。

 3つ目のケースの進出先国政府の支援やインセンティブがある場合とは、進出先国で外資系企業の新規投資に対する税制優遇がある場合や補助金を受給できる場合である。現時点で確認できる外資に関する奨励の例としては、フィリピンの2022年度戦略的投資優先計画(SIPP)や、アメリカ・デラウェア州の法人設立優遇制度などがある。
外資に関する奨励 | フィリピン - アジア - 国・地域別に見る - ジェトロ
Incentives & Credits - Division of Small Business - State of Delaware

グリーンフィールド進出のメリットとデメリット

 次にグリーンフィールドのメリットとデメリットをまとめる。

メリット

  • 自社の戦略に沿って海外法人を育成できる
  • 知的財産権を保護できる
  • 本国と経営資源を融通し資源を効率よく配分することができる
  • 現地市場に直接アクセスできる

 グリーンフィールドは自社単独でゼロから現地法人を立ち上げる手法である。したがって他社からの干渉を受けることなく、自社の方針を100%反映して海外子会社を育成することができる。クロスボーダー企業買収の場合はもともとの組織文化が確立されているし、他社との戦略的提携であればパートナーの意向も汲み取らなければならない。つまりこの点はグリーンフィールド特有のメリットである。
 他社の干渉が無いことは、知的財産権の保護や経営資源の配分についても柔軟な対応が可能であることを意味する。ライセンス契約とは異なり情報漏洩のリスクは低く、戦略的提携のようにパートナーに気を遣うことなく、親子会社間で資源配分の最適化を図ることができる。
 4つ目の現地市場への直接アクセスは、海外完全子会社というよりも海外子会社のメリットだが、重要なポイントであるのでリストに含めている。現地法人を設立することで、その地域の企業としての評判を高め、地場取引先開拓の難易度を下げることができる。

デメリット

  • 現地法人はゼロからのスタートとなり成長に時間がかかる
  • 自社で全ての経営資源を賄うため、負担が大きい
  • 撤退・精算時のコストが大きい
  • 経営管理や会計・税務基準の違いが生じ、ガバナンスや内部統制が煩雑化する

 自社単独で現地法人を立ち上げることは苦労も大きい。何の足場もない異国の市場に新たな法人を設立することになる。現地法人が能動的に事業を遂行し、期待通りの収益を上げるようになるまでにはやはり時間がかかる。この点ではクロスボーダー企業買収に遅れを取る。
 設立の際に必要な投資はもちろん、事業を遂行していくために必要な資源は全て本社が負担する。万が一採算が取れず撤退の決断を下した場合でも、そこで発生するコストは当然自社単独で負担することになる。戦略的提携のように、合弁会社を設立するパートナーが居ればその負担は按分することができる。
 4点目はメリットのリストと同じく、海外完全子会社を持つことのデメリットというよりも海外子会社を持つことのデメリットである。法制度や商習慣あるいは文化的背景の違いから、本国のやり方が通用しない部分が必ず生じる。本国と海外子会社では管理手法を変える必要があり、複数の手法を社内で使い分けることになる。手続きの煩雑化は避けられない。

グリーンフィールド型海外進出の成功事例2選

グリーンフィールドの成功事例を2つ紹介する。1つ目はあづまフーズ株式会社(三重県)。2つ目は田中産業株式会社(静岡県)である。

あづまフーズ株式会社

 あづまフーズ株式会社は、海外の日本食レストラン向けに冷凍の水産加工品を中心とした輸出を行い、ニッチな市場に独自の開発力を活かした商品を供給している。
 同社がアメリカへの輸出拠点としてペルーに完全子会社を設立した例が、経済産業省 令和4年度中堅・中小企業輸出ビジネスモデル 調査・実証事業で触れられている。同社の完全子会社であるAzuma Foods Kampo Peru S.A.C.は2019年に設立された。現地の漁業組合からペルー沖で漁獲されるイカ・タコを安定調達し、販売先のニーズに合わせた商品に加工して輸出している。なお同社は、カナダ、ハワイ、中国にも生産拠点を持ち、ロンドンには販売拠点を有している。

田中産業株式会社

 中小機構の海外事業再編戦略 事例集では田中産業株式会社がベトナムに進出した例が挙げられている。同社は1956年創立の精密板金加工・塗装加工を営む製造業の企業である。ベトナムの完全子会社で地場の部材メーカーから原材料の95%を仕入れ、現地で加工して完成品の95%を日本国内で販売する商流を持っている。日本の基準と照らし合わせると、当初ベトナム子会社は、生産性、品質、人材育成の面で課題を抱えており、2014年度まで経常利益の赤字が続いていた。中小機構の海外事業再編戦略推進支援事業によって、海外子会社のデメリットを克服し、黒字化を達成した過程は非常に参考になる。

 海外事業再編戦略 事例集には、さらに7社の成功事例が記載されている。ご関心のある方はリンク先を参照いただきたい。

グリーンフィールド進出で直面する課題とその解決策

 上記のメリット・デメリットを見て、自社単独での海外完全子会社設立はハードルが高いと感じられた方も多いと思う。確かに困難は伴う。
 この作業を円滑に進めるには、事前調査・計画、適切な法人形態・所在地選定、専門家の活用、法的手続きの厳守、ガバナンス体制構築、人材マネジメント、そして継続的なモニタリングが不可欠となる。自社で全てを抱え込むのではなく、現地事情に精通したパートナーや外部サービスの活用も含めて検討するべきである。

 成功事例で見たように、中小企業・小規模事業者でも海外展開に成功した例は数多く存在する。中小機構やジェトロ(日本貿易振興機構)では幅広いサポートを行っているので、これらの企業・事業者の方々には、海外展開をぜひ検討して欲しい。

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