企業の海外展開:ライセンシング
ライセンシングによる海外進出は、現地企業に自社が保有する技術や商標の使用権を、契約に基づいて貸与する形態である。最も一般的な形態では、自社はその対価としてロイヤリティ(使用料)を受け取る。広く言われているリスクとして、契約の失効後、貸与先の現地企業が自社の競合企業となるリスクがある。
この記事では、ライセンシングのメリット・デメリットをグリーンフィールドやクロスボーダー企業買収、戦略的提携との対比しながら説明する。
グリーンフィールドについてはこちら
クロスボーダー企業買収についてはこちら
戦略的提携についてはこちら
ライセンシングを行う背景
何故そのリスクを冒しながらもライセンシングを行うかというと、この形態での海外進出は資金力や現地事情に左右されにくく、多様な事業機会を生み出しやすいためである。例えば、グリーンフィールドやクロスボーダー企業買収のように現地法人を設立すると、設立時の投資が大きいため、事業が立ち行かなくなった場合に撤退の判断をする際、埋没コストが膨らむ。現地法人の保有資産を処分するコストもかかる。一方でライセンシングでは、何らかの要因で撤退の判断が下された場合には、相手企業との契約を解除し、撤退を比較的容易に実行することができる。
ライセンシングのメリット
ライセンシングによる海外進出のメリットを挙げると、次のように整理される。ライセンシングは企業間の戦略的提携の一形態と捉えることもでき、戦略的提携と共通するメリットも多い。
- 初期コスト・リスクを低減できる
- 迅速に市場参入できる
- 継続的なロイヤリティ収入を得られる
- 柔軟な事業運営ができる
- 法規制への柔軟な対応が可能になる
- 現地ネットワークを活用できる
初期コスト・リスクを低減できる
グリーンフィールドやクロスボーダー企業買収のように、大規模な資本投下をしていないため、市場が想定より伸び悩んでも債務負担が膨らむことがなく、工場閉鎖や従業員解雇などの追加コストも発生しにくい。また撤退のハードルも低く、事業成果が望めないと判断した場合には損失を抑えて撤退し、次の戦略に移行することができる。
迅速に市場参入できる
現地企業はすでに販売チャネルや取引先、小売店との関係性を持っている。また地域ごとの消費者傾向、宣伝手法、価格設定など、現地独自の事業ノウハウや情報に精通している。こういった現地企業の販路や事業ノウハウを活用することで、参入障壁を下げ、迅速に現地市場へ製品・サービスを展開できる。
継続的なロイヤリティ収入を得られる
ライセンシングではライセンサーは対価として、ロイヤリティ(使用料)を継続的かつ定期的に受け取る。製品の販売やサービス提供とは異なり、権利を許諾している限り、ライセンシーから契約で定めた割合や金額のロイヤリティが継続的に発生し、安定した収益源となる。
柔軟な事業運営ができる
進出先国の企業に自社ブランドや技術をライセンシングすると、現地企業はそれらを用いて事業展開を行う。現地企業は地域ごとの顧客ニーズや流行、消費者の好みに精通しており、現地独自の商品開発や改良を迅速に行うことができる。例えば、新たな競合が出現したり物価が変動したりするなど、市場環境が変化した際にも価格戦略や商品改良に素早く取り組むことができる。
法規制への柔軟な対応が可能になる
海外進出においては、多くの国でグリーンフィールドやクロスボーダー企業企業買収による現地法人設立に、法規制や制限が設けられている。ライセンシングを活用することで、これらの制約が緩和され、柔軟な事業展開が可能になる場合がある。また、現地の法制度や行政対応に明るい現地企業が、行政手続きや認証申請を主導することで、効率的に対応することができる。さらに、現地企業の事業基盤や既存の許認可を活用することができ、商品製造・販売やサービス展開に係るコストを下げることにつながる。
現地ネットワークを活用できる
このメリットは戦略的提携と共通の項目である。進出先国の有力企業とライセンシング契約を結ぶことで、その企業が持つ人脈・販売網・顧客基盤といった現地ネットワークを最大限に利用できる。中小・ベンチャー企業でも現地パートナーとの連携により、大規模な販促や供給体制の実現が可能となる。
ライセンシングのデメリット
ライセンシングには上記のメリットがあるが、一方で留意すべきデメリットが存在する。
- 経営支配力・意思決定が制限される
- 利益・成長機会が限定される
- ブランド・品質・イノベーション管理が困難
- 技術流出・知財管理のリスクがある
経営支配力・意思決定が制限される
ライセンシングは契約に基づく関係であり、現地企業の経営や業務に自社が積極的に参加することはできない。戦略や製品改良、市場変化への対応などは、基本的にライセンシーに委ねられるため、自社主導で市場の変化に迅速に対応していくことは困難である。これに対し、クロスボーダー企業買収や出資を伴う戦略的提携では、子会社化やジョイント・ベンチャー(JV)などを通じて自社の意向を反映させた経営が可能である。
利益・成長機会が限定される
収益は原則ロイヤリティのみとなる。成功した場合でも、現地市場で発生する全体収益の一部(ロイヤリティ分)のみが得られ、現地の事業全体の利益を得ることはできない。クロスボーダー企業買収であれば事業利益を自社で享受できるし、JVであれば配当金を得ることができる。
また自社は現地企業の経営に積極参加しないため、現地で蓄積されたブランドやノウハウを自社に還元しにくい。このことは進出先国での中長期的な成長機会を逸することにつながる。
ブランド・品質・イノベーション管理が困難
ライセンシングでは、現地企業の契約条件不履行や製品の品質低下、それに伴うブランド毀損リスクがある。具体的には、自社のスタンダードに満たない商品が市場に流通してしまうことが考えられる。クロスボーダー企業買収やJVでは自社が直接管理するため、こういったリスクをコントロールしやすい。
イノベーションや新規開発の主体性が薄れることもリスクである。技術・事業の改良は現地企業次第となり、自社が現地市場に合わせて商品開発をリードすることが難しい。
技術流出・知財管理のリスクがある
ライセンシング契約の失敗例として必ず挙げられるのが、知的財産の流出と模倣リスクである。現地企業の契約違反や現地法制の認識の違いなどにより、ライセンス先の現地企業を通して技術やノウハウが流出・模倣される恐れがある。クロスボーダー企業買収や戦略的アライアンスであれば、知的財産を自社で管理できるため、知財保護を徹底しやすい。
ライセンシングによる海外進出をお勧めするケース
以上のようなメリット・デメリットを勘案して、以下の場合にはライセンシングによる海外進出をお勧めします。
- 大規模な資金投資が難しい場合
資本力に限界のある中小企業でも、ライセンシングなら資金面での負担を抑えて海外ビジネスを実現できます。
- 現地の市場や商習慣に精通したパートナーが必要な場合
現地企業の既存ネットワークや市場ノウハウを活用し、迅速・効率的に製品・サービスを展開できます。独自の販路開拓や顧客基盤構築よりスピーディかつ低コストです。
- 現地法規制が厳しい・直接投資が制限されている場合
外資規制や現地法人設立の制約が課される場合でも、ライセンシングであれば比較的容易に市場参入できます。
- 事業リスクの最小化を最優先したい場合
失敗時の撤退コストや損失リスクは極力抑えたいもの。ライセンシングなら万が一事業が期待通りに進展しない場合でも損失を限定でき、柔軟に撤退の判断ができます。
- 貴社の強みが知的資産(技術・ブランド・ノウハウ)に集中している場合
特許・技術・独自レシピなど“無形資産”の国際展開は物理的な展開よりもライセンシングと相性が良いです。現地パートナーを通して貴社の技術を活用し、効率よく市場を拡大しましょう。